「便利なものをつくるよりも先に、まずは地球を助けなければいけないと感じた」新卒1年目のゲリラ戦-株式会社レノバ・河野淳平

2018.11.24

「新卒1年目はゲリラ戦だ」と語るのは、株式会社レノバ・河野淳平さん。学生時代はスタートアップのベンチャー企業で複数インターンをするなど、IT業界で精力的に活動されていた河野さんですが、大学のプログラムで訪れたヤップ島で海面上昇を目の当たりにしたことをきっかけに、人生を大きく方向転換。大学4年生の2月から就職活動をやり直し、環境問題に取り組むために再生可能エネルギー(以下再エネ)を利用した発電事業を展開するレノバに入社しました。

IT業界からエネルギー業界へ異例の方向転換をされた河野さんが、何を考え、どのような選択をとってきたのか。現在のキャリアに至るまでの流れについて、お話を伺いました。

河野淳平(かわの・じゅんぺい)
1995年生まれ。早稲田大学卒業後、新卒で株式会社レノバに入社。大学在学中から、Sansanやビズリーチ等数々のスタートアップ企業で、インターン生として精力的に活躍。現在は、レノバ社のプロジェクト推進本部にて、再エネを利用した発電事業の新規案件開拓を担当。デジタルハリウッド大学院にて、デジタルコンテンツマネジメント修士に在学中。
 

新規案件開拓を主に担当 プロジェクトをゼロから作り出せるところが仕事の魅力

-現在、どのようなお仕事をされていますか?

現在は、株式会社レノバという会社で、再エネを利用した発電事業の新規案件の開拓を担当しています。レノバの発電事業にはいくつか種類があるのですが、僕は主に太陽光、木質バイオマスといった2種類の再エネを利用した事業案件を担当しています。

 

-レノバの既存の発電所の担当もされていますか?

既存の発電所に関する仕事も一部担当していますが、主には新規案件プロジェクトとなります。既存の発電事業の運営、管理も重要なのですが、私は今年結成された新規開拓プロジェクトチームのメンバーとして働いています。

 

-現在の仕事の面白さ、魅力は?

1番の魅力は、プロジェクトをゼロから作り出せるところです。私が入社した時点で、社内では並行して複数の事業案件が進行している一方で、僕の担当している新規事業の開拓は、何もないところに新規で発電所を建てる仕事なので、本当にゼロベース。まさに「自分がやった」という実感をダイレクトに得られるところが、この仕事の面白さだと思います。また、その事業が無事に軌道にのることで、自分の仕事が会社の売り上げや経営に直接影響を与えられるという意味でも、とても面白く、日々やり甲斐を感じています。

また現在、新規事業開拓のプロジェクトチームの上司は執行役員と本部長なので、精神的にも日々ハイプレッシャーなんですよね(笑)。厳しいですが、その分期待もして頂いていると思うので、その期待を超え続けるという“ものすごい緊張した感じ”が、僕は超楽しいです!

 

-どんな時に、上司の方々からのプレッシャーを感じますか?

僕は、「期待して頂いているからこそ、常にその期待の上をいきたい」と思っているので、そういう意味でプレッシャーを感じます。基本的に、本部長クラスの皆さんは抱えている仕事が多く、忙しいんですよね。なので、仕事に関しても、やり方を教えて頂くというよりは、自分で手を動かして学ぶという自走力が試される環境でもあります。

僕の場合、学生時代はIT業界でしか働いていなかったので、発電事業を立ち上げる際にやらなければいけないこともわからないですし、知識ゼロの状態で突然ビジネスの最前線に出るような感じでした(笑)。でも、どんな状況下でも分からないことを分からないまま終わらせてしまっていたら、「何も考えていない」と思われてしまい、周囲の信頼を勝ち取ることはできないので、分からないことでも“分かるようになるための努力”を自分自身でしなければいけないんです。今でこそ、少しずつ仕事のやり方を理解できてきましたが、まだまだ、やらなければいけないことや、考えなければいけないことが山ほどあるので、日々分からないことに挑んでいるという意味で、自分にとって難度の高い仕事をしているな、と感じています。

また、会社の収益にも一定以上の貢献ができ、かつ実現の可能性が高い案件を見つけ出さなければ事業判断としてGOサインが出ないという面においても、常に良い案件を提案しなければいけないというプレッシャーはありますね。

 

 

 

大学4年の2月に就活をリスタート 「まずは地球を助けなきゃ」と思った

-学生時代はどのような経験をされていましたか?

大学1年生の頃はサッカーばかりしていて、ずっと遊んでいました(笑)。ですが、2年生になったある日、大学の授業に訪問看護系の仕事をしているベンチャー企業の経営者の方がいらして。その方の話に強く感銘を受け、そこから2年間その企業でインターンをしていました。

 

-「訪問看護」って、あまり聞き覚えのない言葉なのですが、インターンではどのようなことをされていましたか?

患者さんが、亡くなる直前など、「自宅に帰りたい」と思ったときに、看護師が自宅を訪問し、医療面から療養生活の支援を行うサービスのことを「訪問看護」と呼びます。

ビジネス職が5人くらい、看護師が20〜30人くらい在籍している会社だったのですが、僕は社長の秘書のような立ち位置で、カバン持ちインターンをしていました。最終的には社長の代理で北海道に営業をしに行ったこともあって、色々と濃い経験をしたインターンでした(笑)。

 

-社長の代わりに営業はすごいですね(笑)。その他の企業でも、インターンをされていましたか?

3年生の終わりまでその企業でインターンを続けた後は、Sansanで内定者としてインターンを始めました。20日間で成果を残さなければいけないインターンだったのですが、人事部に配属され「長期インターン生を3人採用する」というミッションに対して僕は6人採用しました。その結果をみて、当時の上司に「君は過去一番の成果研修生だ!」と褒めて頂いて! でも結局、その後自分の中で色々と気持ちに変化があり、3月の入社直前にSansanの内定は辞退しました。

 

-なぜSansanの内定を辞退されたのですか?

これは、僕が現在レノバにいる理由に直結するのですが、大学4年生の夏、「ヤップ島」という、グアムやパラオの近くにある島に、2週間サバイバル生活をしに行ったんです。トイレもないような正真正銘サバイバル島で、穴を掘ってトイレをつくったり、トイレットペーパーがないから葉っぱで代用したり、風呂がないからホースで水浴びしたりしていました(笑)。

僕は、その島でのサバイバル生活を通じて、たくましく生きることを学びたかったのですが、思わぬ発見がありました。それまで教科書でしか見たことのなかった海面上昇が、実際に起きていて、元々漁師小屋があった場所が海の中に沈んでいたんです。海面上昇について、深く興味を持っていたわけではなかったのですが、現実世界でその光景を目の当たりにすると「本当にこんなことが地球で起こっているんだ」と衝撃を受け、愕然としました。

Sansanに入りたいと思って就活をしていた時は、「便利なものをより便利にしたい」と思っていました。具体的に言うと、AppleのiPhoneみたいなものをつくりたいと思っていたんです。誰もが持っているような、日常の便利なサービスをつくりたくて。でも、ヤップ島で海面上昇を目の当たりにして、便利なものをつくるよりも先に、まずは地球を助けなければいけないと感じました。そこから、「便利なものをつくることに意味があるのか?」と疑問を抱き始めて、最後の最後まで悩みましたが、結局Sansanの内定を辞退して、環境問題に関する仕事をするべく就活をリスタートしました。

 

 

1度の事故で村が1つ無くなる 原発を見て感じた恐怖

-環境問題に取り組める会社は複数存在しますが、その中でもレノバを選んだ理由は?

大学4年生の2月に就職先を変えると決めたので、本当に時間がなくて(笑)。でも、時間がない中でも自分の就活の軸として決めていたことがありました。①環境問題に取り組める仕事であること②世界に大きなインパクトを与えている仕事であること③少数かつベンチャー気質のある会社であること、この3つを軸に就職活動をしました。

エネルギー業界は、全般的に40~50年続いているような老舗が多いのですが、学生時代スタートアップの企業で働いていたこともあり、風通しの良さや、若いうちからチャンスをつかめるような環境というポイントは僕にとってどうしても外せないポイントでした。なので、再エネを取り扱っている、少人数制の企業を3社を受けて、最終的に全部内定頂いてから、悩んでレノバに決めました。

 

-学生時代から再生可能エネルギーに目をつける人は珍しかったのでは?

そうかもしれませんね(笑)。

ヤップ島で見た海面上昇をきっかけに、環境問題を強く問題視するようになりました。ですが、それらを解決しようと思った時に、その最適な解決策が自分の中で全く見つからなかったんです。だから、まずは手当たり次第勉強してみようと思って、東京のゴミ最終処分場や、福島の第一原発など、環境問題に関わるあらゆる場所に赴き、その現状を目に焼き付けました。

生まれて初めて原子力発電所を見たときは、言葉では言い表せないほどの恐怖を感じました。1度事故が起きると、冗談抜きで、村が1つなくなってしまうんです。そんな状況をこの目で見てしまったら、いくら効率が良いとはいえ、原子力発電所を使おうとは思えませんし、世の中全体を変えていかなければいけないと強く感じました。だからこそ、再エネを扱う企業への就職を希望していました。

 

-会社に入ってみて、実際にご自分のやりたかったことができていますか?

はい、イメージ通りです。レノバは再エネを扱う発電事業会社の中でも、大規模な発電所をつくることにこだわっています。直近では世界でも有数の規模の洋上風力発電事業の開発を行っています。

私がヤップ島で問題意識を持ったグローバルな規模での環境問題を解決するためには、社会的なインパクトにこだわる必要があります。自分自身がゼロから関わった発電所をこの目で見れる日が来るのが待ち遠しいです。

 

「何か1つのことに死ぬほど頑張って、自分の想いを成し遂げた上で死にたい」

-仕事をする上で、どんなときが大変ですか?

何をするときにでも言えることだと思いますが、求められているものに応えられないときが1番大変ですね。特に、社会人を始めてから半年間は、本当に苦しくて毎日大変でした(笑)。

 

-苦しい半年間を経て、どのように気持ちを切り替えたのですか?

頂いた仕事全てに対して150%の力で取り組むようになってから、仕事が楽しくなりました! 

僕、学生時代にスタートアップ企業でインターンをしていたこともあって、自分の行動力や頭の良さに変な自信があったんです(笑)。だけど、新卒1年目に求められているものって、頭の良さとか小手先の器用さではなくて、単純に沢山の仕事量をこなすことだったり、それに準じて経験値を増やすことだったりするんですよね。平たく言えば、まずは与えられた仕事を1つ1つクリアしていかなければ、社内の人々と信頼関係を築くことができないということです。なので、分からないことを分かるようにするためにも、与えられた仕事は全て断らず、かつ全てにおいて150%の力で取り組むようになりました。そうしたことで、仕事に必要な本質を理解することができましたし、社内の方々との信頼関係も段々と築けてきたように思います。

 

-社会問題にはいつから興味を持っていましたか?

やはり、大学2年生の、訪問看護のインターンを通して強く興味を持ったように思います。実は、僕の祖母が実際に亡くなる直前に自宅療養を希望していたんですよね。亡くなる前に家に帰りたいという気持ちは痛いほどわかりますし、それさえ叶えてあげられたら、ご本人も、その周りのご家族も幸せにすることができるんです。インターンを通して、多くの患者様方から直接感謝を受けたことで、それまでぼんやりとしていた「働く」ことにポジティブなイメージを持つようになりました。

正直に言うと、それまでは早稲田大学を卒業して、大手企業に入って綺麗な奥さんをもらって沢山稼いで…みたいなことを考えていたんです(笑)。でも、インターン経験を通して、「どうせ働くなら人の為になる仕事をしたい」と考えるようになりましたし、社会のために役立つ仕事をしたいと考えるようになりました。

 

-河野さんの今後の展望を教えてください!

レノバでの目標は、「自分がプロジェクトの中心としてやり遂げた」と胸を張って言える結果を残すことです。会社にとっても、社会にとっても、レノバの河野として爪痕を残したいですね。レノバで結果を残すということは、自分の中でマストです。

その上で、いつか自分でも0から組織を作りたいと考えています。自分が死ぬとき、どうやって死んだら幸せなのかを考えたのですが、どこかの会社の役員になるだけじゃ納得して死ねないな、と思って。サラリーマンって良い意味でも悪い意味でも、「守られている存在」なので、そうではなくて、自分でリスクを背負ってでも何か1つのことに死ぬほど頑張って、自分の想いを成し遂げた上で死にたいです。もしそれができたら、心の底から幸せを感じて天国に行けるかなって(笑)。

 

-最後に、本記事を読んでいる皆さんへメッセージをお願いします。

僕は、どんなに仕事が忙しい時でも、辛くて「会社に行きたくない」と思ったことはありません。むしろ、毎朝起きて、気合いを入れてから出社する時が1番幸せを感じます。

この記事を読んで下さった方の中には、もしかしたら今の環境に満足していない方もいるかもしれません。ですが、目の前にあるチャンスをどう活かすかはあなた次第です。僕のやっていることは、すごくシンプルなことを積み重ねているだけです。それでも、今すごく楽しく働くことができているので、もし現状に不満や悩みがあるのであれば、是非イベント当日話しましょう。いまを楽しく生きるために、少しでも前向きな話ができれば僕も嬉しいです!

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文/吉田海音 写真/森本啓太